宣材写真を新しくしました

先日、宣材写真を新しく撮り直しました。

最後の撮影から5−6年は経っており、今回はYoshito Sugaharaさんに撮影いただきました。(Instagram: yoshito.photograhy)

音楽家の写真も多数撮影しておられ、私の抽象的なイメージも完全に理解してくださり、とても自然かつ、アーティスト感もあるいい写真がたくさん撮れました!今回はピアニスト なので「手」を少し使った写真を撮ってもらいました。これからバンバン使っていこうと思います。

撮影した中から一枚掲載しておきます🎶

青山音楽記念館 バロックザールでリサイタルをします

少し先ですが、ピアノリサイタルが決定したのでお知らせです。

青山音楽記念館 バロックザールにて、助成公演でピアノリサイタルを行います。

前半はドイツの作曲家、後半はロシアの作曲家で構成したプログラムです。

ベートーヴェンのピアノソナタとラフマニノフのピアノソナタ

R. シューマンとチャイコフスキーのキャラクターピース

時代も文化背景も異なる作曲家ですが、その対比や、人間の感情や憧憬などの普遍性もあり、色々な表現をお楽しみいただければと思います!

詳細はまた追って掲載します。どうぞご予定くださいませm(._.)m

2025年1月10日(金)19:00~

杉山萌嘉ピアノリサイタル〜ドイツとロシアのピアニズム〜

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ハ短調 Op.13

R. シューマン : 子供の情景 Op.15

チャイコフスキー : 「四季」-12の性格的描写 Op.37より 3月「ひばりの歌」 4月「松雪草」 5月「白夜」

ラフマニノフ:ピアノソナタ第2番(1931年版) 変ロ短調 Op.36

2024年3月発表会、無事終演しました💐

今年の発表会も無事終了しました!

皆さまありがとうございました。

生徒さんについては、写真等アップロードは通常控えているのですが、今回は出演者の中で一番小さな年齢の生徒さんに許可をいただき写真掲載します💖

頑張りましたね!

次回発表会ではもっと小さな生徒さんたちも出演できそうです✨

いつもお世話になっているNAM HALLさんで行いました。

今回もとてもご親切に準備も手伝っていただきありがとうございました。

 

恩師であるMichael Leuschnerを偲んで。

 

私が、18歳でドイツに渡ってからの恩師であったミヒャエル・ロイシュナー先生が昨年の10月に亡くなっていたことを今日知った。

昨年の10月末と言えば、ピアノリサイタルの前の準備に追われていたせいなのか、どういうわけなのか今になって知った。

実は、11月のリサイタルの録画を先生に送って、時間があったら聴いてほしいとメールしていて、返信がないことが気になっていた。

日本へ帰国した後も、先生との繋がりは途絶えておらず、度々録音や録画を送ったり、ドイツへ行った際には自宅を訪問したこともあった。

先生は、どんなに忙しくても必ず録音は全て聴いてコメントしてくれていたので、もしかして具合が悪いのかもしれない、、と思っていた。

ロイシュナー先生との想い出、先生から教わったことを綴ろうと思う。

ロイシュナー先生は、Ordentlich(きちんとした、整理された), pünktlich(厳守された), というドイツ語がピタッと当てはまるような先生だった。 

趣味はハイキング。

夏になると、門下生一同で大学の裏から出発して山を越えて先生のうちまでハイキングする。最後はみんなでテラスでBBQをした。

朝は8:30からレッスンする。

1分も早く始まることはないし、1分も遅く始まることもない。

終わる時間もぴったり。

どんなに忙しくともレッスンを休むことはなかった。

私は、先生の退官直前のいわば最後の学部の卒業生であった。

ドイツ語に関しては、3までしか数えられないレベルで渡独してしまった私を、大学の事務局と交渉して押し込んでくれた。笑

自由で奔放な芸術家タイプ、とは全く違い、几帳面、人格者、哲学者、博識、という言葉がぴったりに思う。大学の講義についても、いい加減にせずしっかり受けるようにと注意されたことも覚えている

 

ドイツ音楽のビート、音楽を強く持っているピアニストだった。

ドイツに渡ってから最初の1年くらいはずっと

テンポがない

テンポが悪い

テンポがわからない

と言われ続けたように思う。

常に、自分自身をdirigieren(指揮)するようにと言われた。

古典派以降の作品であっても、どんな作品であってもPlus(脈)を失わないように。

これをまずは徹底された。

日本人はきっちりしているというが、割と日本では大きくテンポから外れた演奏や、楽譜から離れている演奏も、パッと聴きの演奏効果が高ければ受け入れられているように思う。

18歳の私には、先生がなぜそんなにテンポのことしか言わないのか、楽譜に書いてることしか言わないのか全くわからなかった。また、先生の言う通りにすると、なんとなくダサい演奏になる気がしていた。

これは、テンポの中で、そして楽譜に書かれたことを守りながら表現することが全くできてないせいだったのだが、、

テンポ、アーティキレーション、強弱を正しく弾くこと。

これがいかに大切なことであるか。

先生に、問うてももう答えは返ってこない。でも、もう大丈夫。

先生が何とコメントするかは、もう自分で分かるように思う。

先生は確実に私の中で生き続けている。