こんにちは!
さてさて、私は子供の頃から高校生くらいの間までしょっちゅう
音楽性がない
歌えない
と言われてきた子供でした^^;
もっとここは優しく〜悲しく〜可愛く〜綺麗に〜恋をしているみたいに〜
ピアノは心が大事でしょう!
など色々な形容詞で注意されるのですが、自分としては精一杯イメージしているつもり、
歌っているつもり、心を使っているつもり、なのに聴く側からはどうやら全く違うようなのです。
特に高校生くらいの頃は本当に思い悩み、一小節を何時間もかけて弾いてもさっぱりわからない、ということもよくありました。
歌も好きで、音程の問題ではなくてフレーズを考えて歌うことは上手にできる、なのにいざピアノで弾くと全く伝わらない、そういう状況でした( ̄O ̄;)
イメージが足りないとなんども言われるので悩んだ挙句、部屋を真っ暗にして怖そうな音を出そうとしたこともありました😂バカみたいですが、それくらい思い悩んでいたのです。
♬
ドイツに渡ったばかりのまだ10代の頃、
このフレーズはここをめがけて弾いていくでしょう?全然向かってないけど
とある日注意されました。
自分としてはやっているつもり、、
ですが、ゆっくり弾いてみてと言われて弾くと音の大きさが結局ほぼ一緒だったのです。
向かってるように聞かせるためには、、魔法でも心でもなくてまずは音をそこに目がけて少しずつ大きくする、
そしてゴールの音をよく響かせる、というとても基本的なことが大事だったわけです。
音楽ではイメージも大切ですが、言葉にも抑揚があるように音にも考えて抑揚をつけることが大事、そして音楽的にするのには計算と、考えと練習が大切なんだ、と知りかなりの衝撃を受けたのでした。
私にとってそれまで歌えている演奏、音楽的な演奏、というのは何がどう?というのは全くわかっていなくてぼんやりしたものだったのです。それを分かってない、ということ自体を自覚もしていなくて、ただ自分は音楽性がないひと、と思っていました。
なぞなぞの答えが出たように思いました。
自分の経験から、人に教えるときは曲のイメージもたくさん話しますが、フレーズが綺麗にできていない時にはなるべく曖昧な言葉を使わないように心がけています。
悲しい、というイメージを持っているなら具体的にはどうしたらここは悲しそうな音が出るのか?も一緒に考えることがより助けになるのではないかと思います!
自然に見せる、ということの裏にはたくさんの練習と緻密な計算がある、というお話でした^^